―なぜ、この国の土から生まれた繊維で、

この国の人の身を包むことができないのだろう―

わたしは寝具を販売する仕事をしていました。

糸の素材や織り、組成・編成、中わた、それらの組合せを、

人それぞれの悩みに対して構成をしてゆくと、

とてもつらそうにしていた人が笑顔になったり、喜んでくれたりしました。

 

身にまとうもの、糸からの選択や組合せに、人の心や身体に対し驚くほどの影響があらわれるのを目の当たりにし、

それはまるで処方箋を作っているかのようでした。

 

『木は、生育の方位のままに使え』という宮大工さんの教えがあります。

衣食住に使われる素材は、その土地で育ったものが一番、その地の風土と人に適応した力を発揮してくれるはず。

 

でも私たちの生活を支えるそれらのものは、ほとんどが外国に頼っています。

繊維の自給率はゼロに等しく、ファストファッションの流れの中、搾取に近い安い人件費と材料費から大量に生まれ、使い捨てられてゆく衣を悲しく思いました。

 

私たちの遠い父母は、子どもの命をつなぐため、冬の寒さ、夏の厳しさから、身を守るため、自然と折り合いをつけながら、土地を切り拓き、耕し、この国の風景を作り上げてきました。

 

糸と衣はかつて、家族を守る父が切り拓くこの国の土から生まれ、子どもの幸せを願う母の手によって生まれていた。その、つらく厳しい時代に戻ることはできません。

 

 

でも、そのことを思い出してほしいと、ただ願いました。

身を守る衣は、この国の土から生まれ、人の手によって生み出すことができる、

それは大量生産の衣とは、機能も力もまるで違う。

 

ただ、そのことを知ってもらいたかったのです。

 

幸いにして、衣をつくる、日本に消えつつあるそのわざを、受け継ごうと日々精進されている方々に出会いました。

糸を作る、織る、その手仕事を伝えてもらう教室を設け、

多くの人にふれてもらうことで、次の時代につなげてゆけることを願っています。

 

 

時代をこえて受け継がれる思いや、手から手へ伝えられる知恵を経糸に、

ひとりひとりの命となりわいを緯糸に、歴史というものはトンカラと織りあげられてきたのかもしれません。

わたしもまた、その中の一本の糸となれれば幸いです。

 

 

店主 フセ