祭りの夜に。

その日は朝から気が張っていた。

映画の上映なんて初めてだったし、夜は総勢28名の宴会、

翌日は餅つき。

前年ブータンのお話会を開催した時も定員をはるかに超える

26名の方においでいただき、

 

立錐の余地なし!!

 

と申し訳なく思ったのだが、

さらにそれを超える人数。

しかも座卓があって鍋があって酒があって、、、28・・・人?

 

何度もシュミレーションを描いた。上映が終わったら機材をどけて座卓を出して・・・イヤイヤ上映会場は最初から2階にしようか。

そうしたら宴会の準備がスムーズだよ。それとも宴会が2階がいいかな。

座卓の配置はこうしたら みんな座れるよね・・・

ブツブツと何度も独り言を呟きながら、出現していない会場を目の前に思い描いた。私は気が張っていた。でも言い聞かせた。

始めた時は1人だった。

でも今は優しい旦那さんがいてくれて、手伝ってくれるから、大丈夫! 大丈夫。

 

 

そうしたらば、その当日いないのだ!

頼みにしていた夫が!

私は前日から前乗りしていた 日和スタイルの麻衣ちゃんたちとの会話を思い出した。

『 どこか群馬で面白いところありますか?』

そして面白いところスポットの一つに南牧村をあげたのだった。

 

まさか!?

 

 

電話が鳴った。

忙しい最中。夫からであった。

 

 

『・・・まさか、今、南牧村ですか』

『ハイ』

 

『なぜ、猫の手も借りたい この日・この時に、南牧村にいるんですか!』

 

『・・・ゴメンなさい』

 

南牧村に麻衣ちゃんたちを案内しに行ってしまったのだった。

 

なぜ、この日・この時に?? why!??

 

夕方、日も暮れてから帰ってきたが、

 

 

私は気が張ってはちきれそうだった上、とても疲労していた。

 

日中、私は走っていた。館の中を走り回り、さらに車と宿泊の手配で 学習の森まで5往復もした。

その間にモチ米研げたじゃんか!

オリャーー!

 

夕方手伝いに来てくれた和ノ屋の広恵ちゃんが

『えっ。。。何もできてないの!?』と仰天しながら台所にたった。

たす・・かっ・・・た、、、

鬼神の如き働き。包丁の音がマシンガンのようだ。

あ、阿修羅・・・? 腕が8本くらいあるように見えた。

 

宴会が始まった。

 

うう、よかった。ちゃんと席にみんな座れてる。

みんな楽しそう。よかった。よかったよう。

 

あたしはもう、燃え尽きた あしたのジョーのようだ。

ヨレヨレになって台所のわきで鍋をつついていたら、呼ばれた。

 

フセちゃーん。

 

 

なにごと。

土間になぜか、草木染めの杜人先生が立っていた。すごく寒そうだ。

具合を悪くして今日ここにいないはずだった。

 

???

 

そしてケーキがでてきた。

ハッピーウエディングて、描いてある。

あっ。この和ろうそく、この前広恵ちゃんがウチで買っていったのだ!

 

それから手作りブーケと蝋梅の花冠。

トンカラのロゴを染めた 草木染めの手ぬぐい。

 拍手がわいた。

 

『結婚おめでとーーー!』

 

まさか私の人生でこんなことが起こるとは。

広恵ちゃんが呼びかけて、入籍したものの式を挙げていない私たちに、こんなサプライズを仕掛けてくれたんですって。

 

『このオヤジはー、俺とほぼ同い歳でありながら〜、 トモミちゃんが起業して心細いところをつけ込んでーーーー、 』

 

と酔っぱらった木暮さんが大きな声で説明してくれた。

 ハイ、だいたい その通りです。

 

 そして杜人先生はビックリさせるためにケーキを持って1時間半も外で待っていたという・・・しかも夫が不在で手が足りず 宴会の開始が遅れて待機時間が延長されたという。。。

ここを始める時、誰もが言った。

 

『それで回っていけるの?』

『失敗する可能性の方が高い』

『それは事業とは言えない、ただの冒険だ』

『うまくいかないと思うよ』

 

だけど、なぜか確信があった。

ここに、私のみたい風景を生み出したい。

その風景に 共感して、共鳴してくれる人が、きっと少なからずいるはずだ。

 

それでも、やっぱり迷うこと悩むことの方が多かった。

 

そんな頃から。

ここを始めた頃から、よく顔を出してくれたおじさんがいた。

手伝いを申し出てくれて、何かれとなく手伝ってくれたが、

 

『どうしよーー。。。このおじさん』と、困っていた。

 

 

やがて おじさんは、私のいない時に勝手に花を活けるようになった。

野山に生えている花だった。

それが、鮮やかで美しかった。

 

『 買った花は難しいんだけど、野の花はね、ゴチャゴチャ適当に活けても なんか、美しいんだよね 』

 

野の花は、

風に揺られ、雨つぶや日差しを受けて、

ほかの草木と根を張りあい、

葉を広げあい、虫や鳥や獣と、ともに生きている。

 

それはきっと、普遍的な世界の在り方だ。

他者に対する厳しさと、同時に許しと共存とを、きっと内包しているものだ。

 

安定した境遇と引き換えに

単一のあり方しか許さない、ハウス栽培のような規格の中で生きることが、

つらいと感じる人たちがいる。

それはただ、自分の中の自然に、素直なだけだ。

 

自らに、素直な人は美しい。

鳥が渡りゆく先を知るように、ひとは誰もがきっと、

自分の方位磁針を持っている。

その指し示す方へ、真摯に赴くひとは、みな美しい。

 

その おじさんは、やがて私の夫になった。

 

・・・・・・・・

 

この宴は、まるで野の花の饗宴だった。

ここに集ってくれた人たちの祝福が、何よりもうれしかった。

 

きらめきあう光と光が、出会ってつながって、響きあい、

そこからまた、あらたな響きが生まれて

誰かの中に灯ればいいな、と思う。

トンカラは、そんな場所であってほしいな、と思っている。