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残照

やがて消えゆくと言われている仕事。

蚕を養い繭をとる。

何十年も繰り返された仕事の手には無数の皺がきざまれている。

三万頭の蚕飼い、おばあさんは笑って言う。

 

『そんな量は遊びみたいなもの』。

 

かつては年間1トンもの繭をつくっていた。

今は昔の物語。

おじいさんは年々弱り、もう、ずいぶん具合を悪くしてしまっていた。

 

『次はもう、難しいかな』と、おじいさん。

『いや、できるよ』と、おばあさん。

 

大規模養蚕は、国策だった。

国をあげて蚕を養い、生糸を売って、世界を動かした。

国策はやがてうつりゆく。

 

製織の機械から自動車電機製品へ。

そしてまた、働き手を置いてうつりゆく。

 

ひとつの時代はいつ終わり 新しい時代はいつ始まっているのだろう。

ひとつとして同じではない春夏秋冬を繰り返すように人の営みは紡がれてゆく。

 

消滅したとしても、形と心を受けとめるものがあれば、

それが たとえ遊びやままごとのように見えたとしても、

いつか別の姿で、別の時代に、伏流水のようにまた現れるだろう。

 

蚕を飼う仕事を、おばあさんは愛していた。

 

『次もきっと、できるよ』

 

おばあさんは、残照をうけて菩薩のように輝いていた。

 

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